長谷川龍雄さん

先日、東京調布市で昭和20年4月の空襲で米軍爆撃機が落とした1トン爆弾の不発弾の処理が無事終りました。この爆弾を落としたのは南方の島より何百機と来襲したボーイングB-29爆撃機です。
そのB-29を撃墜するため立川飛行機では「キ94」高高度戦闘機を開発、完成しました。     主任設計者は当時29歳の長谷川龍雄さんです。長谷川さんは戦後トヨタに入り大衆車カローラを開発しました。 NPO立航博では平成15年4月ご自宅を訪ね「キ94」を含む当時の立川飛行機についてお話を伺ったことがあります。設計図面や開発の資料を前に延々5時間以上もお話してくださいました。
特に強烈に印象に残ったのは『私は、飛行機屋です』の言葉です。トヨタでも存分にその持てる才能を発揮し専務までなられた方ですが心の中は飛行機設計者の不滅のプライドを持ち続けておられたのだと思いました。 世界に胸を張って誇れる飛行機屋です。
お訪ねしてしばらくの後、古巣の立川飛行機(現新立川航空機)設計室へご案内した時は感慨深く室内を見ておられました。
 
長谷川龍雄さんはこの4月29日、92歳でお亡くなりになりました。心よりご冥福をお祈りいたします。