武人の魂

 昨日、かねてより訪問したいと思っていた那須町中原地区へ行ってきました。 ここは陸軍 『那須野飛行場』 で終戦を迎えた軍人と一般の人たちが農耕開拓団をつくり入植した(元)軍馬放牧場であった区域です。
 当時の様子を知りたく中原地区行政連絡員の方のご自宅を訪ねお話をいろいろ伺ってきました。
ご当主は兵役に就く歳ではなかったが、黒田原駅防空監視所に詰めていた。入植は那須町大島からで "今までやっと生きてきた” とおっしゃいました(千振地区はこの近くで、最近テレビで放映され開拓の苦労を知った方も多いと思います)
息子さんからは開拓50周年記念誌 『懐古五拾年』 (中原開拓農業協同組合)を頂きました。
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 記念誌には開拓のリーダーとして操縦桿を鍬に替え粉骨砕身、農耕開拓団に身を挺した(元)陸軍大尉、浅野満祥さんが載っています。 特攻隊(神鷲隊)隊長として昭和20年8月13日、米艦隊に特攻出撃待機中、飛来した米艦上戦闘機に空襲され乗機を破壊されました。
 この記念誌から察するにご自身は戦後、農耕に励み、かつ、開拓団を思い、今まで過去について多くを語らなかったと思います。 しかし、載っている数少ない写真で浅野さんはいつも両こぶしを握り、膝の上に置いて写っています。 軍服 (操縦服)が野良着になっても武人の魂を垣間見ることができます。
 ご当人にお会いしお話をお聞きしたかったのですが、すでにお亡くなりになったとのことでした。
ご冥福をお祈りいたします。